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May 05, 2009

忌野清志郎さんが亡くなった

ミュージシャンの忌野清志郎さんが 5月2日に58歳で亡くなった。日本のロック界で 40年間常に反骨精神を持ち社会的メッセージを ロックに託し歌い続けてきた。彼はデビューが決まった時は高校生だった。ロック歌手の夢を後押ししたのが美術の先生だった。のちに先生の歌がでた。友人には 都立日野高校には三浦友和がいた。
三浦友和さんが 芸能界入りしたのも忌野清志郎さんがホリプロにデビュー当時所属していてそのスタッフが誘ってくれたことがきっかけだそうだ。
吉田拓郎と同じ70年代の時期で日本語とロックは合わないという常識を覆しさまざまなメッセージをセックス 戦争 政治 原発 北朝鮮などタブーを言われる問題を歌い 発売中止 放送禁止もたびたび起こった。
しかし 彼はめげなかった。イベントで限定ユニットを数えると50以上になる。エネルギッシュで最後まで自分のスタイルを貫いた58年間の人生だった。
1980年大学の頃明治大学でRC サクセションのライブを聴いた時は エネルギッシュで凄すぎて驚きでぶっ飛んだ。
1982年には坂本龍一と組んで”い・け・な・いルージュマジック”は資生堂のCMに使われました。濃い化粧の男同士がキスをするというPVも話題になった。1988年は COVERSという反戦 反原発を歌った全曲カバーアルバムを制作したが 歌詞がネックになり発売中止に。

私にとって好きな歌は 有名な80年の”雨上がりの夜空に”の歌と”トランジスタ ラジオ”の歌だ。
こんな夜にお前に乗れないなんて~ ♪ こんな夜に発車できないなんて~♪
~ この歌の歌詞は結構夜のカラオケでよく歌って盛り上がりウケた。1991年のパパの歌は CMで歌われ印象に残っている。替歌で宴会でよく歌っていた。
昼間のパパはちょっと違う―♪
夜のパパは もっと違う―♪

アラカン(還暦)になっても忌野清志郎さんのように自分のスタイルを貫きとおした人生を送りたいものだ。
  

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