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December 05, 2013

アジャコングの講演会

4日八芳園で行われたJBS異業種交流塾の後援会と忘年会に初めて参加した。アジャコングの講演初めて真面目に聞いた。、話がうまくびっくりした。1時間の話がとても短く非常に面白かった。彼女は今年43歳。プライベートでも25年近い友人だが、腰を据えて彼女の人生を聞いたことがなかった。お母さんが39歳の時の子供で黒人とのハーフだったため生む前に親戚兄弟から反対され縁を一切切っって生んだそうだ。小学校ではハーフったということで全員からいじめられ1対40。空手を小学校1年から習い始め、殴られたら殴り返していいといわれ、1対40がだんだん少なくなってきた。彼女は痛いのが大嫌いでプロレスは大嫌いだった。人を看護する看護師になりたかったそうだ。アジャコングの名前の由来は初めて聞いた。一般にアジアのキングコングの略でアジャコングといわれているが アジャはプロレスに入団した時に北斗晶さんがつけてくれた名前だそうだ。別に意味はなくアジャ。先輩に聞くのも失礼で数年意味が聞けなかったそう。15歳で入団して3年間は、なんとなく目標もなくきたが17歳の時にお母さんを病気で亡くし 天涯孤独になった時に、1番になってやろうという気になりブル中野さんが一番のチャンピオンだった。その先輩を、彼女は3年かかって倒した。
会社からは、リングネームは最初 ブラック マンディ とつけられた。しかしその名は嫌で、リングで技を出す前にキングコングのように胸を両手でたたいたことからキングコングだということで、キングではなくクイーンなので、コングクイーンアジャ と名前を変え コングアジャに代わり最後はリングアナが呼びにくくていやだいうことで アジャコングになった。入団してヒロインを目指していたのに悪役にされ、宍戸エリカの本名はあきらめたそうだ。
28年間プロレスを現役でやってきて後輩から引退は、いつですかといわれるそうだが、絶対引退はしない。ジャイアント馬場さんのように死ぬ時が引退だと言った。


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鉛電池の世界的な権威の小澤昭弥先生

1859年フランス人ガストン・プランテによって発明された「鉛電池」。150年以上経った現在でも世界中で使い続けられている製品性能の安定した二次電池。世界の市場規模はおよそ3.5兆円(2011年)、リチウムイオン電池の市場規模の約3倍ある。 一昨日 世界的なの前東北大学教授 で元 米UCC社フェロー 滞米30年の小澤昭弥先生と夕方お食事を共にした。先生は85歳だが、お元気でしっかりしておられた。先生の弟子の方は、現在のリチウムイオンバッテリーの分野の有名な大学教授が10人ほどおられる。また先生の影響で成功したメーカーの技術者も数多く 日本の宝です。弟子の仁科教授方と私もお付き合いさせている。小澤先生は、技術英語の書き方の本も数多く書かれており、私には伝説の先生に初めてお会いして感動した。UCCで副社長と同じポジションのフェローになられたということでノーベル賞をもらっても当然の先生である。この先生の貴重な50年間の話をお聞きしさらに感動した。是非全国の大学やセミナーでの貴重な学問的な開発の歴史を講演会を開いてサポートさせていただきたいと思った。

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